早いもので3月に入った。
妻の詰子が手帳を見ながら悩んでいる。
「あのさ~オツくん明日の予定に『24』って書いてあるんだけど、何のことだか思い出せないんだよね」
「ハハハハ」
「『24』っていう数字を見れば思い出せると思って書いたと思うんだけど…」
「まぁ、よくある話だな」
当日。
夕暮れが家の壁を薄紫に染める頃、詰子はぽつりとつぶやいた。
「オツトくん、『24』が思い出せないまま今日が終わったけど、結局、何事もなかったわ」
「ハハハハ」
「何だったんだろう?」
「俺も仕事の進捗を忘れるから、何をいつやったか、どうしてそれをやったか、をメモってる。しかもかなり細かく。でも後になって読み返しても、何が書いてあるか分からんもん。いつも『結局どういうことなんだ?』ってなる」
「ハハハハ」
「そんなものだよ」
「ハハハハ」
あとがき
メモるときは、あとから絶対に思い出せるようにやたらと熱量を込めて書きますが、全く思い出せないというか、なぜそれが大事だと思っていたのかが分かりません。
くどくど書いた割に、全く意味をなさず、未来の自分には全然伝わらないのです。
書いているときは、「超、大事」と思ってるはずなんだけど、読み返すときは大事でなくて、別の情報が知りたいのです。
厄介すぎますね。
結局、詰子の予定に何も問題はなく、その24というメモが何を意味していたのかいまだに謎です。
文字という文明の利器を使っても、自分の記憶力には太刀打ちできない、乗り越えることができません。
はぁ~、メモが語ってくれたならなぁ~。
人生100年時代、まだ先は長いのに、老後が思いやられます。


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